懸垂は背中トレーニングだと思っていませんか。実は最新の研究でそうではないことがわかりました。
実は、懸垂には多くの人が知らない新常識があります。懸垂を何回出来れば背中が変わるのか。背中に効かせる懸垂はどういったフォームでやればいいのか。この動画で紹介していきます。
懸垂の回数を伸ばすことは、ただ記録を更新するだけではありません。背中の筋肉を大きくするうえでも、重要な目標になります。
2009年、女性水泳選手28人を対象にした研究では、懸垂の回数に体重を掛けた数値と、ラットプルダウンの最大筋力に、相関係数0.86という非常に強い関係が確認されました。
さらに2016年、18人を対象に8週間の広背筋トレーニングを行った研究では、筋力が17%向上すると同時に、MRIで測定した広背筋の断面積も有意に増加しました。
つまり、懸垂の記録を伸ばすことは、背中を大きくするためにも価値のある目標です。では、何回できるようになればいいのでしょうか。
まず目指したいのが10回です。筋力データを集めているStrength Levelでは、男性の初級者が7回、中級者が13回、上級者が21回となっています。女性では中級者が6回、上級者が12回です。つまり、10回できれば男性なら中級者の入り口に近いレベル、女性なら中級者を超えるレベルになります。
中級者レベルになっていれば背中には確実に変化が起こっているはずです。
ただし、懸垂の難易度を大きく左右するのが体重です。同じ10回でも、体重60kgと90kgでは持ち上げる負荷が違います。そのため、筋肉量が多い人でも、体重が重ければ懸垂の回数が少ないことは珍しくありません。
では、10回できるようになるまでに、どれくらいの時間がかかるのでしょうか。
目標設定の目安としては、3か月から1年程度を考えてください。ただし、これは科学的に確立された平均期間ではなく、スタート時の筋力や体重によって大きく変わります。
そして、1年以上かかっている人も、才能がないと決めつける必要はありません。実際、長期間懸垂の回数が停滞していた人が、トレーニング方法を見直すことで、数か月のうちに10回を突破するケースもあります。
だからこそ、回数が伸びないときに最初に疑うべきなのは、才能ではなくトレーニングのやり方です。特に重要なのが、自分の弱点に合った種目選びと、負荷や疲労の管理です。
では、懸垂の回数を伸ばすためには、具体的に何を変えるべきなのでしょうか。
懸垂の回数が伸びない原因は、背中ではなく握力にあるかもしれません。
冒頭で紹介した2025年の研究では、全員が懸垂の練習を行ったうえで、前腕トレーニングを追加したグループが最も大きく回数を伸ばしました。
さらに、このグループでは握力が右手で12%、左手で14%向上し、バーにぶら下がれる時間も平均45.8秒から71.1秒に増加しています。
懸垂では広背筋や上腕二頭筋を使って体を持ち上げますが、そもそもバーを握り続けられなければ、背中に力が残っていても懸垂を続けることはできません。つまり、握力が弱点になっている人なら、背中の筋力だけを伸ばすよりも、前腕を鍛えた方が回数を伸ばせる可能性があるのです。
研究で使用されたのは、リストカール、リバースリストカール、リバースグリップのバーベルカール、そしてファーマーズウォークです。特にファーマーズウォークは、重いダンベルを持って歩くことで、バーを握り続けるための保持力を鍛えられます。
しかし、ここで一つ重要なことがあります。それは、懸垂の回数を伸ばしたいのか、それとも背中の筋肉を大きくしたいのかという目的の違いです。
例えば、背中を鍛えるために懸垂をしているのに、毎回広背筋より先に握力が限界になってしまう。これでは、背中を鍛えているつもりが、実際には握力によってトレーニングが制限されていることになります。
そこで、背中の筋肥大を目的にするなら、リストストラップを使うことをおすすめします。ストラップは握力が先に限界になるのを避けるための道具です。広背筋の筋活動そのものを高める効果が一貫して確認されているわけではありませんが、握力が弱点の人なら、背中を鍛えることに集中しやすくなります。
一方、素手での懸垂回数を増やしたいなら、前腕の強化も重要です。つまり、懸垂の記録を伸ばすためのトレーニングと、広背筋の筋肥大を優先したトレーニングでは、握力の扱い方を変える必要があります。
そして、懸垂の回数を増やすためにもう一つ重要なのが、最大筋力の向上です。
例えば、自重で10回できるようになりたい人が、あえて5回程度しかできない重い負荷でトレーニングする。一見すると遠回りに思えますが、筋力を伸ばすという意味では合理的な方法です。
2023年、178研究、5097人の筋力データを分析したメタ分析では、最大筋力を高めるには80%1RM以上の高重量トレーニングが有利であることが示されました。
そのため、すでに自重懸垂が安定してできる人なら、加重懸垂を取り入れて最大筋力を伸ばす方法がおすすめです。より重い負荷を持ち上げられるようになれば、自分の体重は相対的に軽い負荷になります。
ただし、ここで忘れてはいけないのが、トレーニングの特異性の原則です。
これは、トレーニングした動作に対して、最も大きな適応が起こりやすいという原則です。2025年に43研究、1660人を分析したメタ分析でも、実際にトレーニングした動作での筋力向上は、異なる動作への筋力の転移よりも大きいことが確認されています。
つまり、懸垂の回数を増やしたいなら、ラットプルダウンなどで筋力を鍛えるだけでなく、懸垂そのものを練習することも重要です。例えば懸垂の回数を伸ばすためにゴムチューブを使ったり、降りるときだけ力を使う懸垂をする。これが効果がないとは言えませんが、懸垂を伸ばす上では非効率的です。
実際懸垂の強度曲線、つまり負荷のかかり方が大きく違うからです。
とはいえただ懸垂の回数を増やせばいいわけではありません。やり方によっては背中の筋肉をほとんど使わない腕トレにもなってしまうんです。
懸垂では、ワイドグリップで高く引き上げるほど背中に効くと思っていませんか。しかし、最新の研究を踏まえると、むしろ見直したいポイントがいくつもあります。
まず、懸垂で最もよくある疑問がグリップ幅です。背中を広くしたいからといって、極端なワイドグリップを使う必要はありません。
2026年、広背筋の筋活動に関する23研究をまとめたレビューが発表されました。その結果、懸垂ではグリップによる広背筋の筋活動がおおむね似ており、ワイドグリップの一貫した優位性は確認されませんでした。
ここで考えたいのが、広背筋のストレッチです。近年の筋肥大研究では、筋肉が伸ばされた位置で負荷をかけることが重要視されています。広背筋の場合、腕を頭上へ伸ばすことで筋肉が長く伸ばされます。しかし、極端に手幅を広げると肩の動く範囲が狭くなり、十分なストレッチを確保しにくくなる場合があります。
さらに、ワイドグリップには肩の動きに関する問題もあります。2016年、懸垂経験者11人を対象にした研究では、ワイドグリップで肩甲骨の動きが制限され、肩のインピンジメントに関連する関節の動きが確認されました。
つまり、ワイドグリップは広背筋の成長に明確なメリットが確認されていないうえ、肩への負担が問題になる可能性もあります。特別な理由がなければ、肩幅程度のグリップから始めることをおすすめします。
では、順手と逆手ではどちらが広背筋に効くのでしょうか。
2017年、筋トレ経験者19人を対象に、順手、逆手、ニュートラルグリップなどの懸垂を比較した研究では、広背筋を含む多くの筋肉で筋活動が似ていました。
つまり、順手でも逆手でも広背筋は十分に鍛えられます。しかし、この2つには動作の違いがあります。
順手の懸垂では、肘を体の横から引き下ろす動きになりやすく、肩関節の内転が中心になります。一方、逆手では肘が体の前に位置しやすく、腕を前から後ろへ引く肩関節の伸展が強調されます。
そして、ここで面白いのが、広背筋は一枚の大きな筋肉ですが、すべての部分が完全に同じ働きをするわけではないということです。
2025年に公開された20人を対象とした研究では、広背筋の胸椎側と腰部・骨盤側の筋活動を高密度筋電図で分析しました。
その結果、肩関節を伸展させる動作では、胸椎側、つまり広背筋の上側に相当する領域の活動が相対的に高くなりました。
この結果から考えると、広背筋の上側を意識したい場合は、肩の伸展が強調されやすい逆手懸垂が選択肢になります。一方、下側を狙うなら内転動作が中心になりやすい順手を試す考え方もあります。ただし、順手が下部を優先的に成長させることまで確認されたわけではありません。
基本的には、順手も逆手も広背筋全体を鍛える有効な方法です。わずかな部位差のために無理に握り方を変えるより、まずは安定してトレーニングできるグリップを選ぶことを優先しましょう。
そして、グリップ以上に重要なのが、懸垂でどこまで体を引き上げるべきなのかという問題です。
実は、懸垂は高く引けば引くほど広背筋に強い負荷がかかるわけではありません。
2020年、男性11人の懸垂動作をコンピューターモデルで分析した研究では、広背筋や大円筋は主に引き上げ動作の中盤で大きく働き、終盤では上腕三頭筋や肩甲下筋などの役割が大きくなることが確認されました。
つまり、広背筋を鍛えるために、胸がバーに触れるほど高く引き上げる必要はありません。むしろ、最後まで引こうとして腰を大きく反らせたり、肘を必要以上に後ろへ引いたりすることにこだわる必要はないのです。
背中の筋肥大を目的にするなら、肘が90度前後まで曲がる位置を一つの目安にしてもよいでしょう。これは厳密な最適角度が証明されているという意味ではありませんが、無理に最大収縮を狙わないための分かりやすい目安です。
そして、ここからがさらに重要です。上では無理に高く引く必要はありませんが、下では広背筋を十分に伸ばすことを意識してください。
懸垂をしている人を見ると、肘が曲がった状態で下ろす動作を止め、そのまま次の反復を始めている人がいます。しかし、これでは広背筋を十分に伸ばす機会を減らしてしまいます。
例えば、ダンベルカールで肘を最後まで伸ばさず、途中から持ち上げる動作ばかり繰り返していたらどうでしょうか。筋肉が伸びた位置で負荷をかける機会を減らしてしまいます。懸垂も同じです。
懸垂では、肩に痛みが出ない範囲で肘を十分に伸ばし、広背筋が伸びた位置まで体を下ろすことを基本にしましょう。
そして、もう一つ重要なのが肩の動きです。
背中のトレーニングは、ただ腕を動かせばよいわけではありません。特に気をつけたいのが、肩をすくめたまま体を引き上げようとするフォームです。
広背筋は腕を体の方へ引き下げる筋肉ですが、懸垂では肩甲骨の動きも協調する必要があります。肩をすくめ続けたまま腕だけで引こうとすると、肩と腰に距離ができて広背筋が伸びる運動が加えられ、筋肉の働きが減ってしまいます。
そのため、体を引き上げるときには、肩を耳から遠ざけるように軽く下げながら、肘を体の横へ引き下ろすことを意識しましょう。これによって、腕だけで引くのではなく、肩甲骨と上腕を協調させた動作を作りやすくなります。
一方、下ろすときには下では肩を下げる必要はありません。十分にストレッチさせ、引き上げるときには肩を下げながら肘を引く。この動作を意識してください。
では、ここまでの内容を踏まえて、正しい懸垂のフォームを整理しましょう。
まず、肩幅程度でバーを握ります。基本は順手でも逆手でも構いませんが、肩や手首に無理がなく、安定して動作できる握り方を選びます。背中を鍛えることが目的なら、握力が先に限界になるのを避けるため、リストストラップの使用もおすすめします。
スタートでは肘を十分に伸ばし、広背筋をストレッチさせます。そこから、肩を軽く下げながら肘を体の横へ引き下ろし、反動を使わずに体を持ち上げます。
広背筋の筋肥大が目的なら、肘が90度前後になる位置を目安にし、無理に胸まで引きつける必要はありません。そして、体をコントロールしながら下ろし、再び広背筋が伸びた位置まで戻ります。
このとき、毎回3秒、4秒と時間をかけてゆっくり下ろす必要もありません。2025年、14研究をまとめたメタ分析では、平均約1秒の速い動作と約3.5秒の遅い動作で、筋肥大効果に大きな違いは確認されませんでした。
基本的に極端に早い、極端に遅いでなければ筋肉の成長においては同じです
ここまで話してきたように懸垂にはいろんなポイントがあります。ただ懸垂をやるだけでは背中は成長しません。
懸垂が1回もできない人は、無理に自重懸垂を繰り返す必要はありません。まずは負荷を下げて、懸垂に必要な筋力を鍛えましょう。
代表的な方法には、アシストマシンを使った懸垂、ゴムチューブ懸垂、下ろす動作だけを行うネガティブ懸垂、インバーテッドロウ、ラットプルダウンの5つがあります。
この中で最もおすすめなのが、アシストマシンを使った懸垂です。マシンが体重の一部を補助するため、懸垂とほぼ同じ動作を軽い負荷で練習できます。筋力が伸びたら補助を減らすだけなので、自重懸垂への移行もスムーズです。
一方、ゴムチューブ懸垂には負荷のかかり方に問題があります。チューブは伸ばされるほど補助力が強くなるため、広背筋が伸ばされる一番下の位置ほど負荷が軽くなります。つまり、通常の懸垂とは負荷のかかり方が大きく変わってしまうのです。
また、ネガティブ懸垂は下ろす動作だけを行うため、懸垂で必要になる体を引き上げる動作そのものを練習できません。
もちろん、どちらも筋力向上効果がないわけではありません。しかし、この2つよりも、負荷を調整しながら実際の引き上げ動作を練習できるアシストマシンを優先します。
そして、もう一つおすすめなのがインバーテッドロウです。これは低いバーを握り、足を床につけた状態で体を引き上げる種目です。懸垂とは引く方向が違いますが、背中や腕を鍛えられ、足の位置や体の角度によって負荷も簡単に調整できます。筋力が弱い初心者の補助種目としておすすめです。
最後におすすめしたいのがラットプルダウンです。懸垂と同じように上から下へ引く動作で背中を鍛えられ、重量を自由に調整できます。懸垂が1回もできない人でも、自分が扱える重量から始められることが最大のメリットです。
つまり、懸垂ができない人には、アシストマシン、ラットプルダウン、インバーテッドロウの3つのうちどれか一つをおすすめします。特にアシストマシンがあるなら、それを中心に練習し、少しずつ補助を減らしていきましょう。
懸垂は背中だけでなく、上腕二頭筋まで大きくできる非常に優秀なトレーニングです。実は、背中の種目なのに、アームカールとほぼ同じ腕の筋肥大が確認された研究があります。
2015年、筋トレ未経験の男性29人を対象に、ラットプルダウンとバーベルカールを10週間比較しました。その結果、肘を曲げる筋肉の筋厚はラットプルダウンで6.1%、バーベルカールで5.83%増加し、両者に有意な差は確認されませんでした。
つまり、背中を鍛えるためのラットプルダウンでも、腕を直接鍛えるカールに匹敵する筋肥大が起きたのです。
これは懸垂にも通じる話です。懸垂では広背筋が腕を引き下げる一方、上腕二頭筋や上腕筋は肘を曲げる役割を担います。そのため、懸垂は背中と腕を同時に鍛えられる複合関節種目なのです。これは手幅に限りません。
よく逆手の懸垂は上腕二頭筋が成長しやすいといわれますが、順手でも実は同じくらい負荷が入っています。一見逆手のほうが効きそうですが実は大きな差はありません。
例えばバーベルカール、ダンベルカールをやるなら懸垂を選んだほうが同時に色んな筋肉を鍛えられるので効果的です。
腕の筋肥大を特に優先したいならカールを追加するのも有効ですが、背中と腕を効率よく鍛えたいなら、懸垂は非常に優秀な選択肢です。
懸垂はシンプルな種目ですが、グリップや可動域、トレーニング方法によって、その効果は変わります。回数を伸ばしたい人も、背中を大きくしたい人も、今回紹介した新常識をぜひ次のトレーニングから取り入れてみてください。