腕立て伏せは最も有名な筋トレの一つです。ほとんどの人が一度はやったことがあるでしょう。
しかし実はこの腕立て伏せ、かなり多くの誤解があります。
例えば、腕立て伏せは胸トレだと思われていますが、実は普通にやると肩に負荷が逃げてしまいます。さらに、多くの人が胸に効かせるためにワイドで行っていますが、これは必ずしも最適とは言えません。
そして、腕立てが何回できたら上級者なのか。10回できたらどれくらいのレベルなのかもよく知らない人も少なくありません。
まずは腕立て伏せの回数とトレーニングレベルについてです。
ある調査によると、トレーニングレベルが「普通」と評価される男性は、平均して15〜20回の腕立て伏せができることがわかっています。
もちろん体重にもよりますが、腕立て伏せは他の自重トレーニングよりも簡単です。例えばトレーニング初心者の方だと懸垂が一回もできないということはありますが、腕立て伏せの場合は10回くらい平気な人もたくさんいます。
このデータを基準にすると、おおよそのレベルは次のようになります。
初心者は15回ほど。
中級者は15〜30回。
そして30回以上できる場合は、上級者レベルと言えるでしょう。
そのため、トレーニング初心者の人にとっては、自重の腕立て伏せでも十分なトレーニングになります。まずは15回を目標にしてみてください。
次は腕立て伏せの負荷です。
腕立て伏せは自重トレーニングなので負荷は体重に依存します。
腕立て伏せの負荷について調べた研究では、一般的な腕立て伏せでは体重の約64%を使ってプッシュしていることが示されています。つまり体重70kgの人であれば、約45kgを押している計算になります。
また、膝立ち腕立て伏せの場合は体重の約49%でプッシュを行っていることも示されています。
このように膝立ち腕立て伏せは負荷が軽くなるため、まだ通常の腕立て伏せができない人は、まず膝立ちで行うといいでしょう。ここから回数を増やしていき、通常の腕立て伏せへ移行していくのがおすすめです。
このことから分かるように、腕立て伏せは決して軽い種目ではありません。特に初心者にとっては、十分に筋肉へ刺激を与えるトレーニングになります。
しかし腕立て伏せには一つ、大きな落とし穴があります。それが停滞です。
2017年にアメリカで発表されたレビューペーパーでは、複数の研究データをまとめて筋肉の成長の時間経過を調査し、筋肉の成長の大部分は最初の3か月以内に達成される可能性が高いという仮説が支持されました。さらに、一度プラトー、つまり停滞に達すると、その後に大幅な筋肉量の増加が起こる可能性は低いことも示されています。
簡単に言うと、筋トレは最初の数か月で大きく成長しますが、その後は同じ刺激では成長が止まりやすくなるということです。
これは腕立て伏せのような自重トレーニングでは特に起こりやすい現象です。初心者が腕立て伏せを始めると、最初の2〜3か月は順調に回数が伸び、筋肉も成長します。しかしある時点から急に効果が薄くなることがあります。理由は単純で、腕立て伏せが簡単になりすぎてしまうからです。
先ほど紹介したように腕立て伏せは体重の64%、膝立ちの場合は49%でプッシュを行っていることが示されました。つまり体重60kgの人だったら普通の場合は約38kg、膝立ちの場合は約30kgでプッシュしている計算になります。
実際これはベンチプレスをやったことがある人なら分かると思いますが、上級者向けの負荷ではありません。筋トレをほとんどしたことがなくても1回は上がる重量ですし、腕立て伏せを半年ほど続けていけば30回、40回と余裕でできるようになってしまいます。
自重トレーニングですぐに停滞してしまう人の90%はこのパターンです。レベルが上がっているのに、そのレベルに合わせた負荷になっていないため、ある時点を境に成長しなくなります。
筋肉はある一定の強度を超えないと筋肥大効果が大きく落ちてしまいます。ただ使ってるだけでは不十分なんです。
018年の研究では、上腕二頭筋カールとレッグプレスで限界までトレーニングを行った実験において、1RMの20%という非常に軽い負荷で約60回近くできたグループだけ、筋肉の成長が約半分程度にとどまったことが報告されています。
このように、負荷があまりにも軽すぎる場合、筋肉が十分に成長しない可能性があります。腕立て伏せも同じで、回数ばかり増えてしまった場合はすでに強度不足になっている可能性があります。
もし腕立て伏せが30回以上できるようになったら、それは負荷不足のサインです。その場合は回数を増やし続けるのではなく、負荷を上げる必要があります。
腕立て伏せで負荷を上げる方法として、テンポを遅くする方法が紹介されることがあります。例えばゆっくり下ろす、ゆっくり上げるといった方法です。
最新のメタ分析では、筋肥大に最適なテンポは1回あたり約2〜8秒とされています。この範囲であれば筋肉の成長に大きな差はなく、テンポを極端に変えることは意味がない、あるいは筋肉の成長を妨げる可能性もあります。
そのため、テンポを極端に遅くして強度を上げようとする方法はあまり効果的とは言えません。
逆に問題になるのが、速すぎる腕立て伏せです。回数を稼ぐために反動を使ったり、倒れこむように体を下げるフォームでは、筋肉に十分な負荷がかかりにくくなります。
おすすめはテンポを操作することではなく、負荷そのものを上げることです。
例えばバックパックに荷物を入れて背負ったり、ウエイトプレートを背中に乗せて腕立て伏せを行う方法があります。こうすることで、通常の腕立て伏せよりもはるかに強い刺激を筋肉に与えることができます。
基本的にウエイトトレーニングではゆっくりやったり素早くやる意味はありません。早くも遅くもない。持ち上げやすいテンポが最適です。
次は手幅です。
腕立て伏せでは、手幅を広げたワイドグリップが胸に効くと言われることがあります。一般的な常識として、手幅が広いプレスは大胸筋、手幅が狭いプレスは上腕三頭筋と言われています。
しかしこれには一貫した科学的証拠があるわけではありません。
むしろ過度なワイドグリップの腕立て伏せは、大胸筋の働きを弱めてしまう可能性があります。理由はシンプルで、手幅を広げすぎると力が外側に逃げてしまうからです。
大胸筋は腕を閉じる動き、つまり内側に力を出す運動で強く働きます。そのため負荷は内側にかかる必要があります。
2011年の研究では、腕立て伏せと非常に動きが似ているワイドグリップのベンチプレスを調べた結果、横方向の力が発生していることが確認されました。データによると横方向の力は、縦方向の力の約25%にもなります。
つまりワイドにしすぎると、本来押すべき方向ではなく横方向へ力が逃げてしまう可能性があるということです。
腕立て伏せを行うときは、体を下げたときに手と肘が垂直、もしくは手が肘より内側にある位置を意識してください。これが外側にあると、外へ押す動きになってしまいます。
おすすめの手幅は肩幅と同じ、もしくはそれより少し広い程度です。
では腕立て伏せは本当に大胸筋のトレーニングなのでしょうか。これはYesでもありNoでもあります。
2017年の研究では、トレーニング経験のない被験者が週2回、3セットの腕立て伏せを行った結果、大胸筋の厚みが18.3%増加し、約3mm厚くなったことが報告されています。これを見ると、腕立て伏せは確かに大胸筋のトレーニングだと言えます。
しかし一方で、アメリカ運動評議会(ACE)の調査では、腕立て伏せは「胸に効く種目」の中で最下位でした。つまり大胸筋を十分に働かせることができなかったという結果です。別の研究でも、腕立て伏せでは大胸筋の活動がそれほど高くないことが示されています。
なぜこのような差が生まれるのでしょうか。
理由は腕立て伏せのやり方です。腕立て伏せはフォームによって、胸に効くトレーニングにもなりますし、肩に刺激が逃げるトレーニングにもなります。
腕立て伏せは初心者向けの簡単なトレーニングだと思われがちですが、ジョエル・シードマン博士が指摘しているように、実際にはかなりテクニックが必要な種目です。そのため独学で行ったり、科学的根拠のない方法を真似してしまうと、なかなか効果を感じられないことがあります。
実は多くの人が行っている腕立て伏せは、大胸筋ではなく肩を鍛えてしまっています。
その原因が「脇を閉じるフォーム」です。
大胸筋を最も強く働かせる運動は、科学的レビューでも示されているように肩関節の水平内転、つまり腕を閉じる動きです。例えばフロントレイズで大胸筋を鍛えようとする人はいません。フロントレイズは肩関節の屈曲という動きで、主に三角筋前部が働く運動だからです。
脇を閉じたナローの腕立て伏せでは、腕を閉じる動きがほとんど起こりません。脇を閉じると肘が肩より下に配置され、この状態でプッシュするとショルダープレスのように腕を上に持ち上げる動きになります。これでは大胸筋に十分な機械的緊張がかかりません。
「腕立て伏せをやっているのに胸が変わらない」という人のフォームを見ると、多くの場合ヒジが肩より下にあり、ショルダープレスのような動きになっています。
胸を狙う場合は、ヒジを肩の下ではなく横に配置することが重要です。これは科学的にも示されている大きなポイントです。
実は、あるアイテムを使うとベンチプレスを超える腕立て伏せができます。
その鍵になるのが可動域です。筋肉は可動域の中で最大まで伸ばされるほど成長しやすいことが知られています。
2026年1月に公開された最新のレビューでもこの理論が改めて支持されており、長い筋肉長で実行されたトレーニングは、短い筋肉長で実行されたトレーニングよりも筋肉を成長させる可能性が高いことが示されています。
例えばトライセプスエクステンションをオーバーヘッドで行うことで上腕三頭筋の成長が1.5倍になったという研究があります。これはオーバーヘッドにすることでプッシュダウンよりも長頭が伸ばされるためです。
つまり腕立て伏せでも、大胸筋をできるだけ深く伸ばすことが重要です。
筋肉は「一番伸ばされた位置で強い負荷がかかるほど成長しやすい」という特徴があります。この条件をベンチプレスと腕立て伏せで比べてみましょう。
バーベルのベンチプレスでは、バーが体に当たるまでしか腕を下げることができません。そしてバーが胸に当たった瞬間、実質的に負荷は抜けてしまいます。
一方、可動域が拡張された腕立て伏せでは、体をさらに深く下げることができます。しかも胸が地面に近づくまで負荷がかかり続けます。
この時点で、筋肥大にとってどちらが有利かは明らかです。
ここで使うアイテムがプッシュアップバーです。プッシュアップバーを使うことで体をより深く沈めることができ、可動域が拡張された腕立て伏せを行うことができます。
ただし一つ重要な注意点があります。それはバーの向きです。
必ず横向きに置いてください。縦向きに置いてしまうと脇が閉じやすくなり、肩関節の屈曲が強くなります。そうなると最高の胸トレではなく、最高の肩トレになってしまいます。
必ず横向きに置き、脇を開いた状態で行うようにしましょう。
そして腕立て伏せにはもう一つ問題があります。それは大胸筋の上部が遅れやすいことです。
実は一般的な腕立て伏せでは、大胸筋の下部ばかりを鍛えてしまう傾向があります。
腕立て伏せでは体は床に対して完全な水平にはなりません。頭側が高く、脚側が低い、わずかに斜めの姿勢になります。この姿勢のまま体を押すと、力の向きには自然に下向きの成分が含まれます。
これをひっくり返して考えると、実はデクラインプレスにかなり近い動きになっていることが分かります。
これはベンチプレスでも同じです。ベンチプレスで強くブリッジを作ると胸が上がり、結果としてデクラインプレスに近い角度になります。そのため大胸筋上部を鍛える場合は、あえてインクラインプレスを行ってバランスを取ります。
水平な床で行う腕立て伏せも、完全な水平内転ではありません。水平内転に下向きの押し成分が混ざった状態になります。
このズレは小さく見えますが影響は大きいです。実は大胸筋の上部と下部は働き方がほぼ反対です。そのため下向きの成分が強くなると、大胸筋上部の筋線維はかなり動員されにくくなります。例えばある研究ではベンチ角度を上げると上部は15%ほど筋活動が増えるのに対して中部と下部はほぼ半分の活動になってることがわかります。
つまり、わずかなずれによって結果として、腕立て伏せを続けているのに胸の厚みが増えない。下部は変わるのに上部は変わらない。こうしたバランスの悪い胸になってしまうことがあります。
この問題を解決するには、水平内転を本当に水平に戻す必要があります。
そのために最も簡単なのが、足を上げることです。足を高くすることで体の角度が変わり、水平内転に近い押し方になります。
こうして完全な水平内転に近づけることで、同じ腕立て伏せでも刺激の質は大きく変わり、大胸筋全体をより効率的に鍛えることができます。
それではここから、ベンチプレスを超える胸に効かせる最強の腕立て伏せのポイントをまとめて紹介します。
まず用意してほしいのは、プッシュアップバーと段差です。プッシュアップバーは可動域を拡張するため、段差は腕立て伏せのデクライン角度を相殺するために使います。
段差がない人はお尻を上げて角度を調整してください。ポイントはスタートポジションで背中と地面が水平になること。あげすぎに注意してください。
次にプッシュアップバーを横向きに置きます。このとき重要なのが位置です。理想は肩の真下ですが、プッシュアップバーを使うと体を下げたときに肩とハンドルがぶつかることがあります。そのため肩幅より少し広めに置くのがおすすめです。
スポーツサイエンティストのMike Israetel博士も説明しているように、肩と腕がアルファベットのTの形になると大胸筋が最大まで伸ばされます。大胸筋の筋線維は横方向に走っているため、脇を閉じてしまうとどれだけ深く下げても胸は十分に伸びません。
ここから体を沈めます。肩に痛みを感じる場合は脇を少し閉じても構いません。
腕立て伏せのテンポで重要なのは、体を沈めるのに少なくとも1秒以上かけることです。体の力を抜いて落ちるように下げると筋肉に十分な張力がかかりません。
そこから体を押し上げます。ヒジをロックするまで押し切るべきか、途中で止めるべきかと聞かれることがありますが、結論から言うとどちらでも構いません。ロックが収縮ポジションにある場合、この動作は筋肥大に大きな影響を与えません。
体を持ち上げる間も、お尻を上げた体の角度は変えないようにしてください。
これが大胸筋の成長にとって最適な腕立て伏せです。もし30回以上できるようになった場合、その時点で自重は軽すぎる可能性があります。その場合は必ず加重してください。
加重には片腕腕立て伏せという方法もありますが、これは筋力よりもバランス能力の影響が大きいため、胸のトレーニングとしては最適とは言えません。
最も簡単で効果的なのはバックパックやウエイトプレートを背負って行う方法です。これなら可動域全体で余計な要素を増やすことなく、純粋に負荷を上げることができます。
そしてこの腕立て伏せは、できるだけ頻繁に行いましょう。例えばテレビのCMのたびに腕立て伏せをする、といった形でも構いません。1回のトレーニングで長時間追い込むよりも、日常の中で少しずつ積み重ねる方が筋肉は成長しやすいことが多くの研究で示されています。
目安としては、1週間で10セット以上できていれば筋肉は成長します。もちろんそれ以上行っても問題はなく、実際には40セットまで増やした場合に筋肉が大きく成長したという研究もあります。
腕立て伏せはシンプルなトレーニングですが、やり方次第で効果は大きく変わります。間違ったフォームで回数だけ増やしても胸はほとんど成長しません。しかし、可動域・手幅・体の角度、そして負荷を正しく設定すれば、腕立て伏せはベンチプレスに匹敵するほど強力な胸トレになります。
もし今まで腕立て伏せをしても胸が変わらなかった人は、今日紹介した方法で一度やってみてください。おそらく今までとは全く違う刺激を感じるはずです。