懸垂は背中を鍛えるトレーニングとして非常に有名ですが、何回できれば上級者なのか、そして多くの人が目標にする10回という回数は実際どれくらい難しいのか。懸垂は本当に背中に効くのか。
実は、懸垂の回数が伸びる人には共通点があり、逆にいつまでも回数が増えない人にもはっきりした理由があります。
この記事では最新の科学データを基に、懸垂10回の難易度、懸垂のレベルの基準、そして回数を伸ばすための新常識をまとめて紹介します。
まず最初に知っておいてほしいのは、懸垂の回数を増やすという目標は、ただ数字を増やすゲームではないということです。実は、懸垂の回数が伸びるということは、そのまま背中の筋肉量が増えている可能性が高いということを意味します。
1999年にオックスフォード大学で行われた研究では、背筋力と除脂肪体重の間に有意な線形関係があることが確認されています。つまり、背中の筋力が強い人ほど、背中の筋肉量も多い傾向があるということです。
この関係はオックスフォードの研究だけではなく、その後の多くの研究や、ほかの部位の研究でも繰り返し確認されています。さらに最近のメタ分析でも、筋肥大と筋力にはかなり強い関係があることが報告されています。
もちろん筋力の向上には神経適応などの要素もありますが、長期的に見れば筋力が伸びている人は、筋肉量も増えているケースがほとんどです。
つまり懸垂の回数を伸ばすという目標は、単なる数字ではなく「背中の筋肉が発達している」ということを裏付ける非常にわかりやすい指標になります。だからこそ、多くのトレーニーが懸垂の回数を一つの目標として設定しているわけです。
では実際に、懸垂は何回できれば強いと言えるのでしょうか。
あるトレーニングデータでは、体重ごとに懸垂の回数とレベルを分類しています。懸垂はその人の体重で負荷が大きく変わります。例えば体重60kgのひとと100kgのひとでは懸垂の難易度はかなり異なります。
最初は男性でのレベル分けを見てみましょう。
懸垂が1回もできない、もしくは1回未満の場合は未経験者レベルです。懸垂は自分の体重を持ち上げる種目なので、トレーニング経験がない人にとってはかなり難しい運動です。
4回から6回程度できる場合は初心者レベルとされています。ここまで来ると基本的な背中の筋力、筋肉量は身についている状態ですが、まだトレーニングの初期段階です。
懸垂が9回から15回程度出来るようになると中級者レベルに入ります。つまり懸垂が10回できる人は、トレーニングをしている人の中でも一定以上の筋力を持っていると考えていいでしょう。おおよそ筋トレ中級者レベルはトレーニングしている人の上位50%ほどになります。
なので他の半数のトレーニーのひとよりもレベルが高い証明になります。
さらに15回から27回程度になると上級者レベルです。このレベルになると背中の筋力はかなり高く、トレーニング経験者の中でも強い部類に入ります。ここではおおよそ上位20~10%ほどです。
そして30回以上できる人はエリートレベルです。これは上位5%ほどでなかなかいません。体重にもよりますが、このレベルは非常に高い背中の筋力を持っている人と言えるでしょう。
次に女性です。
女性の場合も未経験者レベルは1回未満で、ここは男性と同じです。
初心者レベルは4回から6回程度です。ここまでは男性とほぼ同じ基準になっています。
そして9回から14回程度になると中級者レベルに入ります。つまり女性でも10回できれば、トレーニングをしている人の中ではかなり良いレベルと言えます。
15回から25回程度になると上級者レベルです。このレベルになるとかなり高い背中の筋力を持っていると考えていいでしょう。
そして20回から25回以上できる人はエリートレベルです。男性と比べると回数はやや少ないですが、それでも非常に高いレベルです。
このデータから見ると、男女どちらでもひとつの大きな基準になるのが10回です。10回できるようになれば中級者レベルに入り、背中の筋力としても十分に強い部類に入ると考えることができます。もちろんフォームにもよりますし、チートを使っていたり、しっかり背中を伸ばしていない懸垂をしてるなら10回出来る人も普通にいます。
しかし、背中を完全に伸ばしてから持ち上げる懸垂で10回できたら間違いなく中級者以上です。
では懸垂が10回できるようになるまでには、どれくらいの時間がかかるのでしょうか。
先ほど説明したように、懸垂10回は中級者レベルにあたります。筋トレ全体で例えるなら、ベンチプレスで言えばおよそ70kgから90kg程度に相当するレベルです。つまり、初心者が簡単に到達できる数字ではありませんが、継続してトレーニングをすれば十分に現実的な目標でもあります。
インターネット上のアンケートやトレーニングデータを見ると、懸垂が10回できるようになるまでの期間はおおよそ3か月から12か月程度という結果が多く見られます。もちろんこういったデータには多少の誇張が含まれている可能性もありますが、それでもここまで期間がバラバラになる理由があります。
それは体重です。懸垂は自分の体重を持ち上げる種目なので、体重が重い人ほど難易度が一気に上がります。目安としては標準的な体型の人はおおよそ半年くらいはかかるでしょう。
ただし、ここで重要なのは、もしこの期間で10回に到達できなかったとしても才能がないというわけではないという点です。ほとんどの場合、問題は才能ではなくトレーニング設計です。頻度や強度、回復のバランスが適切でないと、懸垂の回数はなかなか伸びません。
なので懸垂10回という目標は、才能の問題ではなく、正しい方法で継続してトレーニングを行えば十分に到達できる現実的なラインと考えることができます。
実際に、パーカーフィットネスのクライアントの中にも1年以上懸垂の回数が停滞していた人や、5年以上のトレーニング経験がありながら伸び悩んでいた人が、数か月で停滞を打破し10回以上懸垂ができるようになったケースは少なくありません。
一方で、科学的な事実を知らず感覚や根性だけで10回を目指すと、何年も停滞したり、ずっと到達できなくなることもあります。このように、ほとんどの人は10回に到達する過程で一度は停滞期にぶつかります。問題は停滞そのものではなく、そのときに正しく対応できるかどうかです。
では次に、なぜ懸垂が1回もできない人が多いのでしょうか。
多くの人は背中の筋力が足りないと思いがちですが、実際には別の理由でできないケースがかなり多いです。まずひとつ目は体重です。懸垂は先ほど話した通り自分の体重をそのまま持ち上げる種目なので、体重が重いほど難易度が一気に上がります。例えば60kgの人と90kgの人では、同じ懸垂でも持ち上げている重量はまったく違います。つまり体重が重い場合、背中の筋力があっても懸垂ができないというケースは珍しくありません。
そしてもうひとつ多いのが握力です。懸垂では背中より先に握力が限界になってしまう人がかなり多くいます。本来は背中にはまだ余裕があるのに、バーを握っていられなくなってセットが終わってしまうというパターンです。
この問題を解決するために、多くのトレーニーが使っているのがストラップです。ストラップは手首とバーを固定することで握力を補助してくれるアイテムで、握力の消耗を大きく減らすことができます。
これによって握力ではなく背中の筋肉に集中してトレーニングができるようになります。懸垂の回数を伸ばしたい人や、背中をしっかり追い込みたい人にとって、ストラップはほぼ必須と言っていいトレーニングアイテムです。
最近公開された研究によって、懸垂についての昔からの常識がかなり崩れてきています。ここからは多くの人が信じているけど、実は科学的根拠がない懸垂の迷信について紹介します。
最も大きな迷信は「懸垂はワイドにすると広背筋、ナローや逆手にすると上腕二頭筋を狙える」という考えです。ジムでもラットプルダウンや懸垂で手幅を大きく広げて行っている人はかなり多いと思います。
ですが、これは科学的根拠のない迷信です。実際にラットプルダウンの手幅を3種類に分けて筋活動を調査した研究では、広背筋、上腕二頭筋、僧帽筋などの筋活動に有意な差は見つかりませんでした。
ナローグリップや逆手で行うとカールの軌道に近いため腕に効いているように感じる人も多いですが、実際にはワイドでも体を持ち上げるときに腕の筋肉はしっかり働いています。つまりワイドでもナローでも、筋肉にはきちんと刺激が入っています。
背中についても同じです。逆手と順手では動き方こそ違いますが、どちらも広背筋を鍛えています。広背筋は肩関節の伸展と内転で強く働く筋肉なので、アプローチは違っても最終的に鍛えている筋肉は同じです。
ただし、ここで注意しなければならないのが「過度なワイドグリップ」です。これは明確におすすめできません。ある研究では、非常にワイドな手幅での懸垂は肩のインピンジメントのリスクを高め、ケガのリスクを増やす可能性があることが示されています。
さらに重要なのが可動域です。過度なワイドグリップでは広背筋が十分にストレッチされません。最近の研究では、筋肉が伸びた状態で負荷をかけることが筋肥大を促進する可能性が高いことが示されています。
つまりワイドグリップは、広背筋がすでにある程度縮んだ状態から動き始めるため、可動域の大部分が収縮ポジションになってしまいます。これによってパンプ感は強くなり「効いている感じ」は出ますが、効いている感覚と筋肉の成長は必ずしも一致しません。
なので懸垂の基本は、狭め、肩幅と同じくらいのグリップです。可動域をしっかり確保して広背筋をストレッチさせることで、背中の筋肉をより効率よく鍛えることができます。
懸垂は背中の種目と思われがちですが、実は腕もかなり鍛えられるトレーニングです。
ある研究では、懸垂と動作が似ているラットプルダウンとバーベルカールを比較したところ、上腕二頭筋の筋肥大効果はほぼ同じという結果が報告されています。
つまり懸垂のような引く動作でも、上腕二頭筋にはカール種目と同じくらいの刺激が入る可能性があるということです。
もう一つ、懸垂でよくある誤解があります。それは「最後まで強く引き切った方が背中に効く」という考えです。
懸垂やロウをやっていて、最後の方が一番キツいと感じたことはありませんか。もしそうなら、その時点ではすでに負荷の多くは背中ではなく腕に逃げています。
多くの人は「限界まで引き切る」「背中を最大収縮させる」ことが重要だと思っていますが、実は背中の筋肉は強く引けば引くほど働く筋肉ではありません。
2013年に広背筋を調査した研究では、広背筋を含む背中の筋肉はある角度を超えると筋活動が大きく低下することが示されています。その目安が肘の角度でおよそ90度前後です。この角度を超えてさらに引こうとすると、主役は背中から腕の筋肉に切り替わっていきます。
つまり背中トレーニングでは、最後まで引き切れば引き切るほど背中ではなく腕で動いている時間が増えてしまうということです。これが「懸垂で腕ばかり疲れる」「ロウをやっても背中に入らない」と感じる大きな原因です。
そのため背中トレーニングでは最大収縮を無理に狙う必要はありません。肘が90度前後になる位置まで引ければ十分です。懸垂で言えば顎がバーを少し超える程度、ロウであればバーが体に軽く近づく程度で問題ありません。それ以上引こうとすると、広背筋はほとんど働かず、動きの多くを腕が担当することになります。
筋肉の成長においては追い込みは重要です。しかし、回数を伸ばすという意味では、追い込みは逆効果になることもあります。
最近の研究では、トレーニングを限界まで追い込むことは筋肉の成長を促進する可能性がある一方で、筋力やパフォーマンスの向上にはほとんど影響がないことが示されています。
懸垂の回数が伸びない人によくあるのが、毎回限界まで懸垂をやろうとすることです。ですがこれは多くの場合、回数アップには逆効果になります。
停滞している人の多くは、筋力が足りないのではなく、精神的・肉体的な疲労が蓄積してパフォーマンスが落ちている状態です。つまり問題は努力不足ではなく、疲労です。
実際、筋力向上に関する研究をまとめたレビューでも、過度の追い込みは強い倦怠感を引き起こし、パフォーマンスの向上に悪影響を及ぼす可能性があることが示されています。
懸垂の回数を伸ばすために必要なのは、毎回の激しい追い込みではありません。重要なのは疲労をコントロールしながら、安定して懸垂を繰り返せる状態を作ることです。
そしてもう一つ重要なのが一貫性です。懸垂の回数が伸びないと、多くの人は種目を変えようとします。ラットプルダウンを増やしたり、別の背中種目に切り替えたり、トレーニング方法を頻繁に変えたりします。
しかし筋力向上の研究では、基本的に筋力を伸ばしたいなら、その種目を繰り返し行うことが最も効果的であると示されています。これは特異性の原則と呼ばれています。
つまり懸垂の回数を伸ばしたいのであれば、最も重要なのは懸垂を継続して行うことです。頻繁にメニューを変えるよりも、同じ種目を安定して続けることが、回数を伸ばすための最も基本的で重要なルールになります。
懸垂が停滞したときよく紹介される方法として、ゴムバンドを使った懸垂や、ジャンプしてバーにぶら下がり、降りるときだけ力を入れるネガティブ懸垂があります。ですが、これらは懸垂の回数アップや背中トレーニングとしてはあまり効果的とは言えません。
理由はストレッチポジションと強度曲線です。ジャンプして行う懸垂では、このストレッチポジションの部分にほとんど負荷がかかりません。
さらにゴムバンドの場合、筋肉が伸びた位置になるほど補助が強くなり、負荷が弱くなってしまいます。つまりストレッチポジションで最も負荷が必要な場面で、逆に負荷が軽くなってしまう構造になっています。
これは通常の懸垂とはかなり異なる抵抗曲線であり、懸垂とは全く別の種目です。懸垂の回数を伸ばす練習としては効率が良いとは言えません。
このあと紹介する、懸垂が1回もできない人におすすめのトレーニングの方が、回数アップや背中のトレーニングとしてははるかに効果的です。
では懸垂の回数が停滞してしまった場合はどうすればいいのでしょうか。
最もおすすめなのは負荷を変えることです。負荷を変えると強度曲線は全く同じで、その強さだけを変えることができます。
具体的には加重懸垂です。トレーニングの研究では、基本的に重量が重いほど最大筋力は伸びやすいことが知られています。
多くの人は懸垂の回数が伸びなくなると、可動域を変えたり、フォームを変えたり、別の種目に切り替えたりします。しかし、それよりも効果的なのが単純に負荷を上げることです。例えば懸垂が5回で止まっている場合、体重だけで回数を増やそうとするのではなく、加重ベルトを使ってより重い懸垂を行ってみるのもおすすめです。
具体的には、1回しかできないくらいの重量の加重懸垂を行い、まずは3回できるようになることを目標にします。こうして最大筋力を伸ばすことで、自重の懸垂の回数も伸びやすくなります。大体の目安として10kg加重の懸垂が5回できたら自重の懸垂は10回上がるので、これを目標にしてみてください。
懸垂の回数が停滞したときは、可動域や負荷の入り方を細かく変えるよりも、負荷そのものの大きさを変える方がはるかに信頼性の高い方法です。
最後に、レベル別の懸垂メニューを紹介します。
まずは懸垂が1回もできない人、もしくは頑張って1回くらいしかできないという初心者です。このレベルの人に最もおすすめの種目はインバーテッドロウです。アシストマシンがあるジムではアシスト懸垂も使えますが、インバーテッドロウはレベルを細かく調整できるため非常に優れた練習方法です。
まず最初の段階では、バーの高さを低くしてお尻を床につけた状態で体を引き上げます。お尻をつけることで負荷は上半身の重さだけになり、最も低い強度で背中の動きを練習することができます。
次の段階では脚を床につけた状態で行います。これによってお尻までの体重が負荷となり、体重の60〜70%程度の負荷になります。最初は膝を曲げた状態から始め、慣れてきたら脚を伸ばしていくと強度を徐々に上げることができます。
この状態で10回程度できるようになったら、自重の懸垂を試してみてください。
次に中級者です。自重の懸垂が3〜4回できるようになったら、基本はその回数を増やしていきます。ここで最もやってはいけないのが種目を変えてしまうことです。
懸垂が伸びないと、ラットプルダウンなど別の種目に切り替える人がいます。しかし、懸垂を強くしたいなら懸垂を繰り返し行うことが最も重要です。
研究でも、懸垂とラットプルダウンのパフォーマンスには強い相関がないことが示されており、ラットプルダウンを行っても懸垂の回数が大きく伸びるとは限りません。つまり懸垂を伸ばしたいのであれば、基本的には懸垂そのものを練習する必要があります。
そして回数を伸ばすためにおすすめなのが、トップセットを作ることです。トップセットとは、その日の中で最も強度の高いセットを1つ作る方法です。これをすると最小限の疲労で強度の高いトレーニングができます。
そのため、中重量で何セットも行うよりも、まず高強度のセットを1回行う方が回数を伸ばしやすくなります。例えばその日にできる最大回数に近いセットを1回だけ行い、その後は疲労を残さない程度のセットで練習するという方法です。