トレーニングの一度は聞いたことがあるテクニックで「負荷を残す」というものがあります。
ボディビルの世界では一定の緊張を確保すると筋肉の成長が促進されるとよく言われ、SNSなど視聴者の方からの質問ではこれについての質問も多く、関節のロックは必要ですかと聞かれることも少なくありません。
おそらくトレーニング経験がある人ならスクワットでヒザを伸ばし切らなかったり、上腕三頭筋トレーニングや上腕二頭筋トレーニングでヒジを伸ばし切らないことで筋肉の緊張が無くならないため効果が増えると一度は聞いたことがあると思います。
これについて調べた研究を見ると関節のロックを避けることで筋肉の成長が増えたと示すデータもいくつか存在しています。しかし、それとは反対のデータもあります。今回は科学的なデータを基に負荷を残す鍛え方を客観的に徹底的に分析します。
負荷を残さない鍛え方は効果的なのか、個人的な意見ではなくしっかりとしたエビデンスに基づいた結論を知りたい人や筋肉を成長させるための新しいテクニックを知りたい方は必見です。
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2019年の日本で行われた研究では少なくとも1年のトレーニング経験を持つ44人の男性が2つの可動域グループに割り当てられました。全ての被験者は上腕三頭筋のライイイングトライセプスエクステンションを行いましたが、FULLROMグループはヒジを完全に伸ばした状態からヒジの最大屈曲角度まで下げ、もうひとつのPartial ROMグループはヒジの屈曲角度45~90度の範囲でトレーニングを行いました。
このトレーニングはオーバーヘッドにせず、ヒジが顔の前で固定されていたトレーニングであり、フリーウエイトトレーニングでした。そのためヒジを伸ばし切る位置では負荷がほとんどなく、Partial ROMグループはその可動域をカットすることでほとんど一定の力を受け取っていることがわかります。
このトレーニングを8rep3set、週3回、8週間行い、研究期間後上腕の60%の位置で上腕三頭筋のサイズを測定したところ、PartialROMグループのほうが有意に優れていることがわかりました。
その差は約70%であり、これは筋肉の成長に大きな差であることがわかります。
ということはつまり、関節はロックせず、機械的な緊張が無くなる部分は極力カットしたほうが筋肉は成長するのか。ということになります。
実はそうではありません。
実は先程の2019年の研究はトレーニングテクニックのひとつである負荷を残す鍛え方を肯定することを裏付けるデータではありません。上腕三頭筋の筋断面積は確かにヒジを伸ばし切らず曲げ切らないトレーニングを行った被験者のほうが優れていました。
しかし、研究者が上腕三頭筋のサイズを測定したのは筋トレ直後であったことは大きな問題です。
なぜならパーシャルROMグループは強い代謝ストレスがあったからです。イメージしにくい人は一度ヒジを限界まで曲げてからロックさせる可動域と伸ばし切らず曲げ切らない可動域の両方を試してみてください。両方の可動域をやると明らかに違いを感じると思います。
負荷を残す鍛え方のほうがパンプ感がはるかに強く、筋トレ後腕が太くなったように感じるはずです。つまり、筋トレ直後に筋肉のサイズを測定することはパンプという要素が測定結果にかなりの影響を与えます。実際研究者は筋肉の低酸素症、パンプと考えてもらっていいです。この症状と上腕三頭筋の筋断面積に関係性があることを見つけ、パンプが強い人ほど筋断面積が増えていることがわかりました。
しかし、その他の多くの研究でパンプをはじめとした代謝ストレスが筋肉の成長にほとんど影響を与えないことを示しているため、この研究結果は純粋な筋肥大の差ではないことがわかります。
そして2012年の研究では筋トレ経験のない30人の男性をFULLROMグループとPartialROMグループの2つに分けて週2回、8~20repで2~4setの上腕二頭筋プリチャーカールを10週間実行しました。FULLROMグループは屈曲角度0度から130度まで行い、PartialROMグループは50~100度を行ったところ、先程の研究とは矛盾した結果が得られ、一定の緊張を維持するPartialROMグループのほうが筋肉の成長効果が低いことを示しています。
最初に紹介した2019年の研究はパンプの効果があるにせよ両グループの差が全てパンプのおかげとは断定できないため、一定の緊張を維持するトレーニングが効果的だと考えてもその後紹介した2012年の研究では全くの逆の結果が得られています。
そこで新しい研究を紹介します。2008年の研究ではこの関節のロックや負荷を一定に保つ鍛え方の有効性にフォーカスした素晴らしい研究が行われています。
負荷を残す鍛え方にはその有効性を示すデータもあれば、それとは逆で筋肉の成長を妨げる結果を示すデータも存在しています。結局のところこのトレーニングテクニックは有効なのでしょうか。
2008年の谷本らによって行われた研究ではこのトレーニング法の有効性を検討するための最適なデータが得られています。この研究では筋トレ経験のない被験者16人が、一定の緊張を保つグループと通常のグループに割り当てられました。
両方のグループはマシンスクワット、チェストプレス、ラットプルダウン、クランチ、バックエクステンションの5つの種目を潰れるまで3set行いました。通常グループは1RMの85~90%を1秒のコンセントリック、1秒のエキセントリック、1秒の休憩の3秒間で1repを行うように指示され、1repの途中に1秒間の筋肉に負荷がかからないポイントがあります。
一定緊張グループはスクワット、チェストプレス、ラットプルダウンで関節がロックアウトすることを回避し、一定の緊張が筋肉にかかる状態でトレーニングを行いました。このグループは1RMの50~60%で3秒のコンセントリックと3秒のエキセントリックでrep中に休憩する時間はありませんでした。
両グループで扱う重量やテンポが違いますが、科学的なデータを見ると努力量やトレーニングボリュームが同じ場合筋肉の成長にはほとんど影響がないことが示されているためこの違いが両グループの筋肥大効果に影響を与える可能性は低いでしょう。
研究期間後、被験者の筋肉の成長を測定したところ有意な差はありませんでしたが、ほとんどの部位で通常の関節をロックさせ、1秒間の休憩が合ったグループのほうが優れていました。
ただし、別の同じく谷本らによって行われた2006年の研究では、16人の筋トレ経験のない男性にレッグエクステンションを行わせ、通常グループと一定の緊張を確保するグループに分けたところ、大腿四頭筋の筋断面積の増加は両グループでほとんど同じでした。
したがってこの負荷を残す鍛え方の有効性を調べる最適な研究でも筋肉の成長に違いがあったりなかったりすることがわかります。しかし、今まで筋肉の成長が促進されたデータとそうでなかったデータを比較するとある傾向があることがわかります。
負荷を残す鍛え方について調査したデータには一貫性がなく矛盾しているように見えます。しかし実際はそうではありません。研究を分析するとある傾向が見えます。
負荷を残す鍛え方というのは関節をロックさせないと考えるのが一般的ですがそのロックは筋肉にとってのどこかが非常に重要です。例えば先ほどの研究で有意差がなかったレッグエクステンションでは膝のロックをかけると筋肉はどうなるでしょうか。そして、有意性が確認されたプリチャーカールではヒジのロックをかけるとどうなるでしょうか。
傾向としてロックした場合筋肉が伸びるか縮むかで筋肉の成長効果は大きく変わります。谷本らによって行われた2008年の研究ではスクワット、チェストプレス、ラットプルダウンで被験者は関節のロックを避け、rep中の休憩時間もありませんでした。
スクワット、チェストプレスはロックをかけるかどうかで筋肉の最大収縮がかかるかその寸前で止まるかがわかれますがラットプルダウンではヒジのロックをかけるかどうかで筋肉が最大まで伸びきるかそうではないかがわかれます。
筋肉を伸ばし切ることで成長効果が大幅に増えるというのは既に筋トレの常識です。つまり、ラットプルダウンでストレッチを避けると広背筋、上腕二頭筋のストレッチが弱くなることを意味します。この場合、負荷を残す鍛え方や関節のロックを意図的に避けることは筋肉の成長にとってマイナスにしかなりません。
ただ、関節のロックが収縮可動域である場合それを避けても避けなくても筋肉の成長にとって大きな差はないでしょう。
負荷を残す鍛え方について科学的なデータを分析すると関節のロックなどをあえて避けたり、負荷が抜ける部分をカットして一定の緊張を保つことによって筋肉の成長が促進されるという科学的説得力はありません。
つまり、負荷を抜かないこと自体には筋肉の成長にとって何の意味もなく、スクワット中にヒザをロックさせたりベンチプレスでヒジをロックさせることを休んでる。サボってると考える人もいますが実際それは正しくありません。
ただし、機械的な緊張を一定以上どの可動域でも残す鍛え方はほとんどの場合ロックを避けたり、可動域をカットしていることに注意する必要があります。
ラットプルダウンでヒジを伸ばし切らなかったり、プリチャーカールでヒジを伸ばし切らなかったりする場合など、カットした可動域がストレッチポジションの時は大きなマイナスになります。
そうではない場合、筋肉の成長にとってプラスもマイナスもありません。一部の人はロックさせるとケガをする原因になると考えていますがそれについて説得力のあるデータは全くありません。例えばスクワットでヒザをロックさせたとしても地面に向かって垂直にしかかかっていないため、関節への負担はかなり小さいはずです。
ただし、ロックをあえて避ける利点として例えばヒジをロックさせるとベンチプレス中に上腕三頭筋が疲れて大胸筋を十分鍛える前に上腕三頭筋の限界が来るから満足いくトレーニングができないという場合、ロックを避けることで上腕三頭筋の疲労を軽減させることができます。
プレス中に腕が疲れるという人は是非試してみてください。
ボディビルの長い歴史で信じられていた負荷を残す鍛え方はおそらく昔のトレーニングの知識としてパンプが筋肉の成長にとって重要と誤解されていた時に始まったテクニックだと思います。最初に紹介したトライセプスエクステンションの研究のように負荷を残す鍛え方は強いパンプを感じることができますが、実際パンプは筋肉の成長にとってゼロか非常に小さい影響しかないことが裏付けられています。