腕立て伏せは筋トレの種目の中でも世界で一番有名なトレーニングのひとつであり、同時に行っている人も非常に多いです。確かに正しくやれていれば素晴らしい種目ではありますが、実は正しくやれている人はかなり少数派です。
腕立て伏せは自重で初心者向けのトレーニングのように見えますがジョエルシードマン博士が言うように腕立て伏せは初心者向けのトレーニングではありません。
実際、筋肉の解剖学的な働きや研究データなどを知らずにインターネット上にある非常に効率の悪いトレーニングをしている人も少なくなく、多くの人が勿体ない腕立て伏せをしています。この記事では腕立て伏せで筋肉を成長させるポイントと正しいフォームを科学的なデータを基に紹介します。
腕立て伏せで使用される筋肉は主に3つです。
ひとつは大胸筋。これは肩関節に関わる筋肉であり、腕を閉じる水平内転や腕を上にあげる屈曲,下におろす内転で主に使用されます。特に大胸筋にとっては水平内転という運動が非常に重要な運動です。フォームにもよりますが腕立て伏せで使用されるのは主に水平内転と屈曲です。
ふたつ目は上腕三頭筋、この筋肉は肩関節の伸展と肘関節の伸展によって刺激されます。長頭のみ肩関節の伸展に関係しますが、腕立て伏せでは肩関節の伸展がないのでこのトレーニングでは肘関節の伸展のみになります。
ラストは三角筋の前部、この筋肉は肩関節にまたがり大胸筋に関わる運動のほぼすべてで使用されますが最も強く活性化されるのは肩関節の屈曲です。
腕立て伏せに非常に近い運動としてバーベルのベンチプレスがありますが腕立て伏せとバーベルベンチプレスには大きな差はありません。
2018年の研究では23人の被験者をプログレッシブオーバーロードを意識して重量をどんどん追加する腕立て伏せとベンチプレストレーニングで比較しました。
結果としてベンチプレスと腕立て伏せで筋肉の成長に有意な差はなく、腕立て伏せでもベンチプレスと同様に大胸筋を成長させることを示しています。
加えて2017年の研究でも低負荷のベンチプレスと腕立て伏せは同様の筋肉と筋力の増加を誘発することを示しています。
さらに、研究データによると腕立て伏せはベンチプレスと比較して腹筋の活動が51%多いことを示しています。これは腕立て伏せのほうが体勢の維持に多くのコアマッスルを動員するためだと考えられます。そのため、多くの人にとって素晴らしいトレーニングであることは間違いありません。
体重の重い人や筋トレ初心者の人で腕立て伏せができない人は膝立ちのような腕立て伏せがおすすめです。同様の研究では膝立ちもほぼ同様の上半身における筋肉の活性化比率が確認されました。
腕立て伏せは良い種目ではありますが間違った鍛え方が非常に多い種目でもあります。ここからは正しい腕立て伏せのフォームについて紹介します。
腕立て伏せのポイント、ひとつ目は手幅。
一般的な常識として手幅がワイドのプレスは大胸筋,手幅が狭いプレスは上腕三頭筋と言われています。これは腕立て伏せに限らずベンチプレスでも同じですが、研究データは一貫した結果を示しておらず、多くの研究者はこのワイド=大胸筋という情報を支持していません。
2005年の研究では肩幅と同じ広さとワイド,ナローの腕立て伏せで比較したところ大胸筋と上腕三頭筋の活動が最も高かったのはナローでした。
加えて2017年のベンチプレスの研究でもワイドとミドル、ナローでは大胸筋と上腕三頭筋の筋活動は変わらなかったことを示しています。
そのため、ワイドにすると大胸筋という情報は科学的な信頼性が高い情報ではありません。加えてワイドにすることで可動域が減少します。広い可動域は科学が筋肥大のために重要と認めている要素であるため、ウエイトを持ち上げる距離が狭くなることは間違いなく筋肥大効果を低下させます。
しかし、手幅が狭いことによる問題点もあります。それは手幅を狭くすることによる解剖学的な運動の変化です。ベンチプレスだと特にわかりやすいと思いますが、ナローにした場合とワイドにした場合、どんな動きになるかを考えてみてください。体のすぐ横に腕があるような手幅のナローな腕立て伏せにすることの問題点は、大胸筋の成長にとって非常に重要な肩関節の水平内転の要素がなくなることです。手幅を狭くすると脇は閉じやすくなり、肩関節の屈曲が強くなります。
これは負荷のほとんどが三角筋前部と大胸筋の上部に集中することを意味します。これは全体的な大胸筋の筋活動が低くなったり肩のバランスが悪くなってケガのリスクを増やすことにつながります。そのため、狭すぎることも問題です。
おすすめの手幅としてはベンチプレスや腕立て伏せなどのプレス動作は肩幅と同じもしくはそれよりもこぶしひとつ分くらい広い手幅をおすすめします。そして、ほとんどの人が知らないテクニックですが手は真っすぐ正面に向けるのではなく少し内側に向けて三角形をつくるようにすると脇が開きやすくなって手幅が広くなくても水平内転に近くなります。
具体的なフォームとしては手幅を肩幅とちょっと広めくらいにして手のひらを内側に向けます。内側に向けすぎると肩のインピンジメントによりケガをする可能性があるので違和感がないくらいにします。そして肘を開きながらプッシュを行います。
そしてもう一つ重要なポイントは重量設定です。腕立て伏せで良くある間違いは加重です。腕立て伏せは筋トレ初心者で家トレの人がかなり高い割合で行います。筋肉の成長を制限してしまう腕立て伏せは家に器具がないので重量を追加せず、ずっと自重の腕立て伏せを行うことです。
基本的には科学的なデータによると高回数も低回数も筋肥大効果は同じボリューム下なら変わらないことを示していますが、あまりにもウエイトが軽すぎると筋肥大効果が大きく低下します。
2018年の研究では1RMの80%,60%,40%,20%でトレーニングを行わせたところ80〜40%まではほぼ同じ筋肥大効果であることがわかりますが20%では大きく低下していることがわかります。
自重の腕立て伏せをやり続けると数か月で簡単に40回以上できるようになると思います。その場合は強度が足りていない可能性があるため、例えば重いバックパックを背負うとかウエイトプレートを背負ったりして負荷を上げるべきです。腕立て伏せのスピードを上げて負荷を上げる人もいますが、そのやり方は筋肉の緊張時間を短くするためあまり効果的ではありません。
腕立て伏せのテンポを調べた研究では腕立て伏せの肘を曲げて胸を沈める動作から肘を伸ばし切って最初のフォームに戻るまでの時間を1.5s、2s、2.5sの3パターンで比較しました。
その結果スピードが落ち、ゆっくり行うにつれて大胸筋と上腕三頭筋の活動が強くなることが示されました。とはいってもこの研究では腕立て伏せは遅ければ遅いほど活性化が強くなるというわけではありませんのであえてゆっくりやる必要もありません。いわゆる普通の遅くも早くもないスピードがベストです。
自重の腕立て伏せが簡単すぎると感じたら負荷を追加しましょう。
腕立て伏せで重要なのはワイドにしすぎず、肩幅より少し広いくらいの手幅にします。そして、手をやや内側に向けることで、地面を押す運動中に脇が開いて大胸筋の運動で最も大事な肩関節の水平内転に近くなります。手の位置は上過ぎるとトライセプスエクステンションのように上腕三頭筋に負荷が集中して、下すぎると三角筋前部に負荷が集中します。大体肘を伸ばした時に肩と地面を結んだ垂直の線を描いてその線の上か少し下くらいが安全で筋トレの効果も高いです。
必ず自分の大胸筋が地面にタッチするまで深く体を沈めましょう。これができていないと筋肉の成長は大きく制限されます。
筋肉の成長効果をもっと高めるためのアイテムとしてプッシュアップバーを使うのがおすすめです。これによりもっと自分の体を下まで鎮めることができます。研究データは筋肉の成長には広い可動域とストレッチが重要であることを示しているため、プッシュアップバーで可動域と大胸筋のストレッチが増えます。
使うときはニュートラルグリップにすると大胸筋の負荷が減るためベンチプレスのように横に置いて、回内グリップで握りましょう。
自分の力を伸ばすためにも10回上がったら重量を増やすといった意識も非常に大事です。家にウエイトプレートのような道具がない人はバックパックにものを入れて腕立て伏せをするようにしましょう。正しいフォームと重量を増やす意識さえあれば間違いなく腕立て伏せで筋肉を効率的に成長させることができます。